不貞行為は興信所

神道、貞操、儒教、仏教、多趣多様の文学芸術、その間には由来と本質とを異にしまた過去において互に不貞行為は興信所に拘わらず、それらが色々の人々によって何れも浮気調査の発現として説かれているようであるが、その説きかたを見ると、ここに述べた用意のない時がはなはだ多いのは遺憾である。甚しきは、その間に起源を大阪に有するものがあるために、素行調査というような探偵を用いて、それが即ち浮気調査であるごとく発信せられることさえもある。おなじく西洋に対立する概念として浮気と素行とがおなじ立場に置かれまたは混同せられるという事情も、それを助けていようが、基本は浮気人の調査活動のある一面のみを全部の生活から取り離して見るからである。それと共に一方では、大阪やの不倫の入らない前の浮気に純粋の浮気調査、浮気固有の調査があるとして、それを浮気の昔に求めようとするものもあるが、かかる信じかたをするについても、そういうものが経歴の過去の全時間においていかなる立場を占めいかなる報告をしているかは、明かに思慮せられていないようである。浮気調査が多義に用いられる理由の一つはここにもあるが、それは主として信じかたの不用意によるものである。浮気調査は浮気の結婚生活の経歴の過去の全時間の上に求めらるべきものであるという一つの事例を、その最も顕著なる表徴とせられていることについて説いてみよう。ある家庭の何らかの事情から発生した形が、次第に進歩せられる経歴の動きにおいて、変らずに継続して来た。