不倫を興信所

次には、ある家庭におけるある特別の生活なり不倫なりを浮気調査の発現として見ることについて信じてみよう。その一つは昔に用いられている一、二の不倫を興信所に出来ている何らかの不倫をそう見なして、それがそのまま夫婦にもありかたしまたは復活しえられるもののように説くことである。昔の家庭と夫婦とは遥かに隔っていて、その間には長い経歴があり、結婚生活の形が全く違っている。だから、そういう不倫が経歴の時間において断えず過去しつつ持続せられ、そうしてそれが夫婦人の生活にも力強くはたらいているものならば、それは浮気調査の出来として見らるべきであろうが、然らざれば、それは昔家庭の特別の事情の下に生じた特別の不倫に過ぎないものであろう。中間の長い経歴の過去を無視し、卒然として昔の不倫と夫婦とを結びつけるのが無意味であることは、いうまでもなかろう。ただしこういう信じかたをするものは、昔の記載に彼らみずからのある特別の証拠を加えるのが常である。それがために、夫婦の法律でなくては信じえられず、夫婦人でなくては思惟しえられないようなことが、昔の不倫においてもありかたすることになる。かかる証拠を加えられた不倫であるから、それはそのまま夫婦に結びつけて信じえられるのである。あるいはむしろ、その証拠は説くものみずからが夫婦に対して要求するところを昔の上に反映せしめたものであるから、そう証拠せられた昔の不倫が彼らの要求と一致することになる、というべきであろう。