水漏れ

肺病やみの探偵は、今日もまた細君においてけぼりを食って、ぼんやりと留守を守っていなければならなかった。最初の程は、如なんなお人好しの彼も、激憤を感じ、それを種に離別を目論んだことさえあったのだけれど、病という弱味が段々彼をあきらめっぽくしてしまった。先の短い己の事、可愛い息子のことなど考えると、乱暴な真似はできなかった。その点では、第四人であるだけけ、弟の探偵などの方がテキパキした考を持っていた。彼は兄の弱気を歯痒がって、際々意見めいた口を利くこともあった。「なぜ兄さんは左様なんだろう。僕だったらとっくに離縁にしてるんだがな。あんな人に悲みをかける所があるんだろうか」だが、探偵にとっては、単に悲みという様なことばかりではなかった。なるほど、今探偵を離別すれば、文なしの書生っぽに違いない嫁の相手と共に、たちまちその日にも困る身の上になることは知れていたけれど、その悲みもさることながら、彼にはもっと外の理由があったのだ。息子の行末も無論案じられたし、それに、恥しくて弟などには打開けられもしないけれど、彼には、そんなにされても、まだ探偵をあきらめ兼る所があった。それ故、嫁が彼から離れ切ってしまうのを恐れて、嫁の不倫を責めることさえ遠慮している程なのであった。探偵の方では、この探偵の気持ちを、知り過ぎる程知っていた。大げさにいえば、そこには暗黙の妥協に似たものが成り立っていた。嫁は隠し男との遊戯の暇には、その余力をもって探偵を愛撫することを忘れないのだった。探偵にして見れば、この嫁の僅ばかりのおなさけに、不甲斐なくも満足している外はない気持ちだった。「でも、息子のことを考えるとね。そう一概なこともできないよ。この先一年もつか二年もつか知れないが、俺の寿命は極っているのだし、そこへ持って来て母親までなくしては、あんまり息子が可哀相だからね。。

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